糖尿病状態を放置することによりインスリン分泌が著明に低下し、治療が困難となってしまう症例をかなり多く経験して参りました。糖尿病の病態は複雑で、解明されていない部分が大きいのですが、早期からの糖尿病治療によりインスリン分泌細胞である膵β細胞機能が保持・改善され、比較的容易に血糖コントロールが可能となることは広く知られています。糖尿病状態で膵β細胞が障害される要因として高血糖が挙げられ、これは“膵β細胞糖毒性”として認識されており、我々は、何故、糖尿病では膵β細胞が障害されるのか?を、molecular mechanismから解明しようと研究しています。
これまでに、高血糖により惹起される活性酸素によりインスリン転写因子Pdx1が抑制され、インスリン分泌・合成が障害されること(1)、糖毒性の標的転写因子としてのMafAをクローニングしたこと(2)、また、同因子が糖尿病の原因となること(3, 4)(図1)等々報告しており、膵β細胞糖毒性の一端を明らかにしてきました。現在も糖尿病の原因遺伝子の新規同定に取り組んでおり、糖尿病の早期治療の重要性が、分子レベルで理解できるようになってきています。
上記のインスリン転写因子、Pdx1やMafAは膵β細胞の発生・分化においてもkey factorであり、我々はマウスモデルにおいてこれら因子を異所性に発現させることにより、インスリンを豊富に発現する細胞をin vivoにおいて作製することにも成功しています(5)(図2)。目下、この膵β細胞様細胞を膵β細胞へ近づける研究も進行しています。
膵β細胞研究は臨床の観点からも非常に重要であり、好奇心と臨床応用という夢を抱いて取り組んでいます。
図1
図2
(1) Matsuoka T et al. J. Clin. Invest. 99: 144-150, 1997
(2) Matsuoka T et al. Proc Natl Acad Sci U S A 101(9): 2930-2933, 2004
(3) Matsuoka T et al. Diabetes 59:1709-1720, 2010
(4) Matsuoka T et al. J. Biol. Chem. 290(12):7647-57, 2015
(5) Matsuoka T et al. Diabetes 66:1293-1300, 2017
2型糖尿病では膵β細胞の疲弊から経年的にインスリン分泌能が低下します(図3)。この仕組みの理解をテーマの一つとし、目標である高血糖の持続に伴う様々な合併症の予防に役立てようと考えています。我々は長期観察により得られた個々のインスリン分泌能低下速度を指標に、いくつかの遺伝・環境因子がこの指標に関連することを見出しました。このような因子の病態への影響と治療応用を検討しています。
一方、治療法の限られた1型糖尿病においても病初期にはわずかながら膵β細胞が残存し、介入によりその後の病態が大きく改善しうる可能性があることが知られています。我々は膵β細胞内の小胞体とよばれる小器官の働きが病態悪化の鍵の一つであることを示しました。さらに、これを改善する小分子を開発し、一旦発症した1型糖尿病モデル動物が糖尿病状態を脱することを世界に先駆けて示しました。
「膵β細胞をいかに保護するのか?」をテーマに、日常診療にヒントを得て研究を開始しています。先達の糖尿病への理解を深めつつ、チャレンジングな臨床・基礎研究を進め、患者さんへの還元を目指しています。
図3
(1) Morita S, et al. Cell Metabolism 25: 883-897, 2017
(2) Morita S, et al. Diabet Med 29:980-985, 2012
(3) Morita S, et al. J Diabetes Investig 2(4):287-292, 2011
IgG4関連疾患(IgG4-RD)は、リンパ球とIgG4 陽性形質細胞の著しい浸潤と線維化により全身諸臓器の腫大を認める原因不明の疾患です。IgG4-RDに伴う内分泌異常としては、自己免疫性膵炎に伴う糖尿病(1)、下垂体炎に伴う下垂体機能異常、甲状腺炎(2)(3)(4) などが報告されています。治療にはステロイドが奏功するとされていますが、治療後の内分泌機能の温存に関わる因子は明らかになっていません。そこで我々は、IgG4-RDの患者さんにおいてステロイド治療の前後で内分泌機能に影響を与える因子を解析するとともに、モデルマウスの作成を試み、内分泌異常に対する新たな治療候補薬を探索しています。
(1) Takeshima et al. Diabetes Ther 9:1385-1395, 2018.
(2) Takeshima et al. Thyroid 24:736-743, 2014.
(3) Takeshima et al. Endocr J 62:711-717, 2015.
(4) Takeshima et al. Endocr J 62:725-731, 2015.
糖尿病の発症には遺伝因子が深く関係しています。一般の2型糖尿病や1型糖尿病は複数の遺伝因子と環境因子が重なることで発症する多因子疾患ですが、日々の臨床において単一遺伝子異常が原因と考えられる場合も稀では有りません。本研究室では、単一遺伝子異常が原因と考えられる症例を対象に、次世代シークエンサーを用いてゲノムワイドに遺伝子解析を行うことで原因遺伝子の解明に取り組んでいます(図1)。
一方、ABCC8遺伝子は経口血糖降下薬であるSU薬の結合部位であるSU受容体をコードする遺伝子です。その異常では新生児期から重症の糖尿病が発症しますがSU薬治療が著効するため的確な診断が臨床上極めて重要な遺伝性糖尿病の一例です(図2)。このように、遺伝子診断の臨床利用に関しても積極的に取り組んでいます。(1-4)
(1) Karatojima M et al. J Diabetes 12: 21-24, 2020
(2) Matsutani N et al. J Diabetes Investig 11: 333-336, 2020
(3) Uraki S et al. J Diabetes Investig 11: 502-505, 2020
(4) Matsuno S et al. J Diabetes Investig 10:947-950, 2019